読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

キミの隣で、モラトリアム

虚実ないまぜの月イチ更新

別離の季

ここ数日、北の町で寝起きをしていた。築50年の木造建築はやはり風を通すようで、どこか身体に染み込む冷たさがあった。あの町ではコートを着ないと外に出られない、もう春なのに。着いた日の午後、風花が舞った。以前より弱くなった握力で右腕に掴まりながらそう言われた。家に着く頃には庭をかき消すように降っていて、ああ、ここは寒い場所なのだと思い知った。

 

彼女はやはり日に日に衰えてゆくようだった。以前より会話は続かなくなり、ちょっとしたスラングも戸惑うようになった。よく分からない、という顔をした後、寂しそうに曖昧に笑って話が収束する。諦められるのが、何より自分の未熟さを見せつけられるようで悔しかったけれど、もう追従する体力も気力も少なくなっているのだ、と気付き余計にどうすることも出来ない憤りを感じて悲しかった。

昔の話を良くするようになった。小学校の嫌味な教師、境内の前で遊んだこと、兄弟のこと、繰り返し話した。体も自由が利かなくなり、痛むのだ、とこぼしていた。しょうがない、とは言いたくなかったけれど、しょうがないのだと思う。我々はこの種の呪いに打ち勝つことは出来ないし、永遠に抗い続けなくてはならない。それでもせめて私が晴れ着を着る次の次の冬まではこのままであって欲しい、と愚かにも思った。

 

新幹線の前の座席は葬式帰りであろう家族連れだった。黒い喪服に身を包み、やけに和気あいあいと話す様子にまだ見もしない終わりを想像して悲しくなった。私もいずれ彼らのように身を黒く染め、慣れない仕草を真似て、さめざめと泣き、炉から上がる煙を見てしみじみと思い、そうやって久々に会った人と談笑を重ねるのだろうと思うと、複雑だった。

 

ステージの向こうから、亡くなった人の日記を聞いた。丁寧につけられた日記は、その人とその周りの人々をつぶさに描いており、ここ数日の情景と奇遇にも重なった。舞台の上に立つ、白いワンピースの女性を見つめているつもりでも、そこには私と彼女しかいなかった。その人は青空が広がる静かな春の午後、亡くなったそうだ。我々はあとどのくらいで終わりを迎えなくてはならないのだろう。私はあとどのくらい彼女に出来ることがあるのだろう。こうしている間にも、いつ終わりが訪れるかと思うと、とても恐ろしかった。

 

偶然を装って優しい大人たちに会った。相変わらずとても優しくて嬉しくて、なんて言っていいか分からなかった。そのうちの1人がこの春、この街を去るという。告げられた終わりは唐突で、でもどこか予期していたような気分で、私と彼女もいずれこういう終わり方をするかもしれない、と思った。

靴紐が解けるように、風でカーテンがめくれるように、静かに緩やかに終わりが訪れる。いつか、彼女の家のカレンダーがめくられなくなる日も来るだろう。それまで、彼女がいつか私のことを忘れても幸せなように、私が彼女の今までを、私に語りかけてくれた言葉を、その声を忘れないように、愛していようと思った。

コズミック死生観

狭いせまい半径二キロの円周内、これが私の宇宙です、いつもと同じオービット、リロードされない通学路、窓から眺める鈍色は相も変わらず素っ気ない。
見知らぬ消失、昨日の傷跡、タバコ屋さんちのわんちゃん死んじゃったんだってさ、抉られたコンクリート、明日には水たまり、のち、尊き生命の誕生、おめでとう。
このまま明日が来なくて今日が永遠に繰り返されるのだとしたら、私きっと退屈してしまう、日々を重ねて軌道はほんの僅かにずれてゆく、数センチの誤差を重ねて昨日の私、のち、明日の私、太陽の姿を見失った今日。
惑星の運行周期は不定期で、3番線にまいります冥王星は回送でございますご乗車はできません繰り返しますご乗車できません、忘れられた命、20年前の時刻表、色あせた、世界線から世界線への移行、人々は存外素直に適応してゆく、もうここにはいない君、さよなら。

 

第三次世界大戦が起こるとしたら、どうなるんだろう、って思ってる、私たちはなにで戦うんだろう、世界史の教科書を眺めた午前2時、太平洋戦争の日本軍の進行図、言葉でしか知らない南の島、地図と重なり鮮やかな景色を見せた。感覚を「それ」に近づける作業は、深い海にゆっくり潜ってゆくのに似てる-コクトーの恐るべき子どもたちでは、「遊戯」と呼ばれていたけど私はIFと呼んでいる-静かに、慎重に、「それ」と同化する、とぷん、と音を立てて沈むとゆっくりと周りのさざめきがフェードアウトする、ひやりとした記憶と想像に触れる、空想が、想像が、幻想が、現実を緩やかに侵食して私の目に風景を映す。

ラバウル島、ミッドウェー島、硫黄島、サイパンガダルカナル、グアム、ペリリュー、すべて眼前の出来事、あいつは死んでもう帰ってこない、じっとりとした亜熱帯特有の気候、植物が視界を遮る、遠くは霞んでもう見えない、敵がいれば死んでしまうし、食料がなければ死んでしまうし、何にもなくてもお国のために死んでしまうんだろう。

 

日本はすっかり豊かな国の仲間入りを果たして、人々は肥えきった丸顔をしてにこにこにやにやと愛想笑いを貼り付けている、韓国やロシアのような徴兵制は存在しない、幸福な社会、自衛隊も実戦経験は積んでいない、守るためだけの限られた戦う人、憲法九条は錆び付いたエクスカリバー、SEALDsはうそ寒いなんて頬杖ついて眺めてた。

第三次世界大戦が始まったら私たちどうなるんだろう、何を武器にして戦うんだろう、あの頃のように赤い紙が届いて家族が一人、また一人と消えていくんだろうか、私は残されて、君死にたまふことなかれ、なんて綴っているんだろうか、裕福な暮らしをする私達も、いつかは毎日のようには食事を得られなくなって、薄い粥を啜るんだろうか、都心の明かりは消え失せて、信号も街灯も電力不足により点灯しない真っ暗な夜が訪れるんだろうか、肉体的な力さえあれば圧倒的に強いとされる時代が再び訪れるんだろうか、私は何を考えて何を思って日々を生き延びているんだろうか。

 

ある人が、核爆弾を落とすに決まっているだろう、と短的に答えた。なんだかそれはあっけない、と思った。戦いたいわけじゃないけど、それは釈然としない。人間はおそらく、最終的には人間同士でしか戦えないだろう、何も抵抗も声を上げることされ許されず、一瞬にして消し飛ばされるなんていうのは、それは戦いではない。

 

鋼鉄の宇宙船、最後の方舟、ノアは自らの意思で乗り込むのをやめた、荒廃してゆき、枯れ果て、死に絶えるこの星で終わりを遂げる。詰め込んだ希望は、永遠にこの宇宙をさまよう、果てしない旅路、どこにもないユートピア、繰り返される生と死は大気圏に掻き消されて、もうここにはない、ここにはなにもない。

 

あの子の話

今はもう忘れてしまったけれど、左手と右手にはそれぞれ名前があった。

ひとつの名前を半分に分けた名前だった、不格好だけど居心地の良い名前だった、あの子がつけてくれた名前だった。もうおそらく今あの子に聞いても、何も覚えていないだろうけれど、私は両手に名前があった、という事は覚えている、覚えているだろう、これからも。


あの子に出会ったのは、私が14歳になる春だった。長い黒髪がきれいな子で、よく1人でノートに絵を書いていた。学校は来たり来なかったり、来ても遅刻したりクラスにいなかったりしていて、そういう子だった。憐れんだ、とか、そういうんじゃないけど、興味を持った。おそらく、幸福さ故の無邪気な好奇心で、純粋に話してみたかった。
その日、放課後、私は委員会の仕事で、テープのりを使って紙にクラスメイトが書いた文を貼っていた。どうも使いづらく、何度も何度もやり直していた。遂にテープのりは壊れたようで、紙の上を転がしても何も出なくなってしまった。教室には、あの子。一人でノートに絵を書いていた。ふいに声をかけてみたくなった。テープのり出なくなっちゃったんだけど、これわかる、? と。今考えればいきなり面識もほとんどないのによく話しかけたものだと思う、だけど何故か、その時は、大丈夫だと思った、話しかけても応えてくれる、私たちはその距離感をその時、手にしていた。
あの子は最初、びっくりして面食らったような顔をしていたが、ちょっと見せて、と言って私の手からテープのりを取り、調べ始めた。私が手にしていた時はぐちゃぐちゃになっていたそれは、あの子の手に渡ると見る見るうちにテープはもつれを正し、元の位置へと収まってゆき、数分のうちに元通りになった。私は本当に驚いたし、それ以上に、あの子ともっと話したい、近づきたい、という思いで、執拗に大げさにあの子にお礼を言い、すごい、すごいね、と褒めたたえた。
私のその不自然な行動はあの子の目にもおかしく映ったのか、あの子は楽しそうに笑った。同じクラスになって初めて、笑った顔を見た。 今まで、冷たい瞳と固く引き結んだ唇の横顔しか見てこなかったけれど、こんなにも柔らかく笑うんだと思った。
それからゆっくりと私とあの子は仲良くなった。
いつも笑ってノートに書いた絵を見せてくれた、絵は日を追うごとに上達してゆき、私はその経過を見るのが楽しみだった。時々駅のホームで買った見たこともないジュースを持ってきて、もういらないからあげる、と押し付けられた、1口飲んで、まっず!!と2人で笑い転げた。よく傘を忘れて、雨の日には濡れて帰ろうとするから、途中まで傘に入れてあげた。帰り道、方向は違うけれど途中まで一緒に帰った、別れ際の三叉路、帰りたくない、と言ってよく私の袖を引っ張った。私は、なんと言っていいかわからず、ふざけて、やだよ〜私は家に帰って録り溜めたアニメを見るんだから〜と返していた。本当は、私も帰りたくなかった、私もこのままずっとあの子と永遠に帰り道を歩いていたかった。だけどあの時の私はそうは言えずにふざけながら笑って、引っ張られた袖を引っ張り返すことしか出来なかった。
そうして愚かで幼い私は、あの子を救わなければならない、と思うようになっていった。
俗に言う、不登校、を繰り返していたあの子にはそこに至る原因があるはずだ、と、それを取り除くことが私には出来るはずだ、と。ただ、臆病さ故に私の方からそのような話をすることは無かった。それが正解だったのかは分からない。あの子がする、家族の話、友達の話、小さい頃の話、塾の話、これまでの事これからの事、それらを聞くだけだった。話をすることで話を聞いてあげることで、あの子のために何か出来てるんじゃないかと思っていた。
そんな毎日を繰り返していって、あの子は前よりもよく笑うようになった、よく喋るようになった、初めてクラスメイトの前で発表をした、不登校も前に比べたら少し減ったように思った。私は喜んだ、あの子の成長を、そして私のやってきたことを。思えばその時点でもうきっと歪だったのだ。私はあの子を救えている、と確信してしまった。

 

15の冬、中学も終わる頃だった、私達は一貫校の生徒だから、大体はそのまま上に上がる、私もそうで、無論あの子もそうだと思い込んでいた。放課後の薄暗く、冷えた教室で、机に座ったあの子は私に言った、 あのね、私、別の高校に行くの。てっきり同じ高校に行って、あと3年間変わらない日常を過ごすとばかりに思っていた私はショックを受けた。それと同時にあの子を救えなかった自分に絶望した。このままあの子は徐々に毎日学校に行けるようになって、友達もいて、楽しい高校生活をみんなと、そして私と過ごせるようになる、もう学校に行けないあの頃じゃなくなる、それが救済になるんだと思い込んでいたからだ。あの時の私に必要だったのは、あの子が自分でその選択肢を選んだことを受け入れ、それを祝福し、そしてそれからを応援することだったのに。

 

愚かで無知で自分勝手でお節介な私は勝手に期待して、勝手に失望した。

 

あれから2年が経った、それからも私はあの子の話を聞いている、家族の話、犬の話、学校の話、友達の話、不安なこと、将来、そしてあの時のこと。私はあの子を救う為ではなくて、ただ、友達として話を聞いている。もうちゃちなヒーローごっこはやめた。

 

時々思い出す、あの子に名前をもらった、左手と右手に、これは私とあの子が友達の証。劇的な関係は何もいらない、ただ平凡に、ずっと話をしてお互いが同じ歩幅で歩ければいい。

 

そう思って左手、右手、それぞれ忘れた名をつぶやく。あの子がつけた名を。

小規模エスケープ世界革命

どこかに行きたいってのと、ここにはいたくないってのは同意義だって話を聞いた。

 

わずか1.2年前の私は本当にどこかへ行きたかった、見知らぬ電車に飛び乗って知らない町へと行きたかった、毎日おんなじ風景の通学路に嫌気がさしてた、「ここじゃないどこか」って何度も何度も呟いてた。どこか、ってなんだよ、そんな曖昧なもの、って思いながらもそれにしかすがることが出来なかった。

 

 

もう、あれから2年も経つ。2年前の冬、冬休みの最後の日に青春18切符の最後の1回を使って、「遠く」に行った。本当は夏にでもやるべき事なんだろうけど、すべてが嫌で、でも何が嫌なんだか分からなくてどうしようもなかったから、電車に飛び乗った。
行き先は決まっていた。私は地図をみて旅をした気分になるのが好きで、スマートフォンを買ってもらったはじめの頃は、よくそうやって遊んでいた。今も時々遊んでいるけれど、あの頃に比べたら断然頻度は落ちてるだろう。その時に見つけた浮島町公園に行くつもりだった。川崎にある公園で、羽田空港を離発着する飛行機が良く見えるらしい、工場区域のそばにあるらしい、それくらいの事しか知らなかった。ただ、そこは、多摩川が東京湾に向かって流れる一番河口付近のところだった。海が好きだった私は、勝手に、ここが今の私の世界の端だと思って、向かった。
揺られる電車の中では、通勤途中のサラリーマンや、もう学校が始まった学生達の間で、窓の外を眺めていた。はやく、はやく、もっとはやく景色が移り変わって、知らない風景に囲まれたかった。あまり外ではイヤホンをつけないのだけれど、その時はイヤホンをつけて、ずっと椎名林檎の閃光少女を聴いていた。3分程度の短い曲を、何度も何度も繰り返し、それだけを縋るように聴いていた。
周りの景色も充分すぎるほど見たことのない街並みになった頃、電車が川崎に着いた。川崎はそれなりに大きい街で、店も沢山あったけれど、私の知っている街とは雰囲気が違った。公園には、バスか、車で行ける、とインターネットに書いてあったけれど、バスの停留所は駅のあちこちにあって、よく分からなかったから、京急に乗って、行けるところまで行ってから、歩こう、と決めた。
京急大師線線は赤い電車で、本当に短い路線だったし、行き先も、何も無いところへ行くから、車内はガラガラだった。川崎から乗り込んできた人も、大半は川崎大師で降りた。そういえば、今年はまだ初詣に行ってないや、と思ったのを覚えている。
終点の小島新田で降りた。本当に何も無い駅だった。iPhoneの地図を片手に進んだ。工業地帯に隣接した街で、小さな工場や、最盛期に建てられたのであろう集合住宅や、古びた商店などがあって、不思議な気持ちになった。ある程度進むと、工場が色々見えてきた。フェンス越しに臨む工場はとても大きくて、その重厚感に圧倒されたし、あの時、私は工場区域の風景が好きになった。その後、この話を友人にしたら、写真が趣味だった彼女は、工場夜景とかいつか見に行こうよ、と言っていて、絶対行こうね、と返したけれど、あの約束はまだ覚えてくれているだろうか、と思っている。
しばらくトラックなどが頻繁に行き来する道路の脇を進んでいくと、小さな林があった。そこを抜けると浮島町公園だった。公園には小さめの風車が2.3本たっていて、海からの風を受け、よく回っていた。背後にはもう忘れてしまったが、有名なメーカーの工場か会社が建っていたような気がする。インターネットに書いてあった通り、海が良く見える公園だった。遠くの方までよく見渡せて、時折、向こうの方から汽笛を鳴らしながらやってくる船も見えた。空には羽田空港を離発着する飛行機がひっきりなしに飛んでいた。お昼をまだ食べていなかった私は、公園の一番高台にあるベンチに座ってコンビニで買った安いパンをかじった。イチゴ味のパンだった。
それからは何をするともなしに、海と空を眺めていた。そこは、航空写真を撮る人たちの中では有名なスポットでもあったらしく、平日にも関わらず、数人、大きなカメラを抱えて、熱心に飛行機を撮っていた。飛行機の違いなんてよく分からない私は、ただぼんやり見ていた。冬だから、当然寒かったのだけれど、太陽に照らされていたせいか、不思議と寒さは感じずに、ただ、雲が流れる様子や、波が揺れる様子を眺めていた。
随分と景色を見ていたんだと思う、日も暮れかかってきたから、名残惜しいけれど、帰ろうと思って公園を出た。帰り道の足取りはもっと重くなるかと思っていたけれど、存外普通だった。たまたまバス停を見つけて、バスがやってきていたので、走って乗った。足取りは普通だったけど、うまく走れなかったから、やっぱりそうだよな、と思ってガラガラのバスに乗り込んだ。バスの中は暖かくて、ウトウトしてしまった。知らない街の、知らないバスで、寝てしまったけれど、意外と私はこの街で上手くやっていけるかもしれない、と、住む予定もさらさらないのに、誇らしく思っていた。帰りの電車は夕日が綺麗だった。川の近く、大きく線路がカーブするところで、水面に夕日が反射してキラキラと光ってとても眩しくて美しくて幸せだったことを覚えている。

 

 

そうやって私の冬休みは終わった。
小さな逃避行を繰り広げて、別に何かが変わったわけじゃない。何事もなく新学期は始まった。相変わらず毎日はやってきて、同じ通学路を通って、学校に向かう。そうした毎日を繰り返して、祝福されるような幸福を、突き落とされるような絶望を味わって、あれから、私はもうすぐ、2回目の冬を迎えようとしている。

 

もう今は、あの時ほど「ここじゃないどこか」に行きたいとは願っていない。屋上から見る景色や、流れる車窓をみて、胸が苦しくなるけど、きっとそれは単に郷愁だ。ここから逃げて逃げてもっとずっと遠くに行きたいと切望はしていない。腐るほど同じ毎日にひりつくような嫌悪を抱いていない。
それは、きっと、今ここで生きてみてもいい、と思ったからだろう。あの時、私は、「どこか」に行けば、大丈夫だと言ってくれる誰かがいると願っていた。だけど、私はこの2年で、「どこか」に行かずとも、自分で、新しい居場所を創り上げた、今ここで戦う武器と仲間を手に入れた。そこにいる彼ないし彼女は、大丈夫だとは言ってくれないけど、にやり、と笑って、面白いじゃん、と言ってくれる。それだけで充分だと思えた。

私は私の世界に自らの手で革命を起こした。


私は、ここで生きてみてもいい、と思った自分を認めたい、「ここじゃないどこか」を捨てたと言う事は、諦観でもあるだろうし、進歩でもあるだろう。
だけど、ここではないどこかを探す事をやめた自分に目一杯失望したいし、そうやって今ここで生きることを選んだ自分の背中を押してやりたい。
2年間の淘汰を、成長を、挫折を、困難を、希望を、期待を夢を痛みを悲しみを、そして、ありふれた日々を、全てをひっくるめて、私は私を肯定したい。

 

確実にあの時より私の世界は拡大した。
今はもうきっと世界の果ては浮島町公園ではないだろう。

そうしてまた、「ここじゃないどこか」を思い出す日が来るかもしれない。閉塞感を感じたのなら、探索をして、世界を広げればいい。

 

今、「ここじゃないどこか」の誰かでなく、私は私自身に告げる事が出来る、大丈夫、私は最強の武器と仲間を手に入れた。

 

そう願ってもうしばらくここで生きてみる。

世界の果てとQ&A

あらやだ、死に場所もわからずにここまでやってきたの、ここに墓標を立てるつもりなの。あらそう、あなたここで死ぬのね、かなしい、って言えばいいのかしら、私あなたの死についての言葉を持ち合わせていないのごめんなさい。それでも多少の事はわかるわ、今までいたはずのあなたが明日からは私のいる世界から消えるってことでしょう、私がどんなにあちこち走り回って大声を出して叫んでもあなたは見つかりっこないってことでしょう、このふざけた理不尽な美しい世界からあなたは永久に消え去るのでしょう、知ってるわそれくらい、それだけ。

 

ねぇ、じゃあ、これから「あなただったもの」が入るはずの「墓」についてどう思う、ここにはかつてこの世界で息をしていた「あなただったもの」がゴロゴロと乱雑に詰め入れられて、ああ、違ったわね、原型なんて留めないほどに焼かれて白い砂糖菓子のような骨となって埋められるのだけれど、それは確かにあなただったと言えるの、そこにあなたはいるの、あなたはどこにいるの。

 

私思うの、宗教的なもしくはヒューマニズムに則った民俗学的観点からのぞめば、それはきっと遺族や残された人々の拠り所となるものなのでしょう、だって人は目に見えるものでなければすぐに忘れ去ってしまうもの。ひどく愚かで、そしてとても可愛らしい生き物でしょう。この世界にいたはずの誰かを忘れないために大きな目印をつくって、そこにまるでその誰かが今でも存在するかのように過ごしているのよ。

だけど、生物学、科学的な観点から言えば、その土の下にあるのは壺に入ったただの白い骨だわ。更に時も経てばその白い骨も次第に人のかたちを忘れて白い粉となるの。もしも知らないうちに誰かがこっそり赤の他人のものとすり替えていてもきっと私たち気づかないわ、だってそれ、骨なんだもの。それでもそれはこの世界にいたはずの誰かなの?、私たちは幻影に固執しているんじゃないかしら、そんな気になってくるわ。

 

ちょっと休憩しましょう、コーヒーブレイクとでも洒落込んじゃおうかしら、ところで、とても大事だった人が死んだあとの雨の日はとてもあまい香りがするそうよ。さぁ、なんで、なんでかしらね、死は生の裏返し、いいえ、生でもあるから、私の知らないどこかでまた新しい何かが誕生しているのかもしれないわ。でもきっとそれを私は永遠にこの目で見ることは出来ないの、ええ、きっと。別に私の目が見えないとかそんな即物的な話じゃなくて、なんとなく、そう、なんとなくそんな気がするだけ。

ねぇ、時々思わない、限りなく愛しい人が死んだ時、その人の骨はきっと、今までに見たものの中で一番美しくて、白く輝いていて、舐めたらきっとあまいのよ。その美しい絶望を一舐めするとやわらかにあまい味で、さり、という音を立てて、ゆっくりと舌の上で崩れていくわ、きっと。私それを信じてる。でも私、なんとなく、私が舐めるその絶望は愛しい人自身だと思うわ、冷たい土の下にいる誰かは本当の誰かなのかはわからないけど、やさしくて、やわらかいそのあまさは多分愛しい人なのだと思うわ。

 

そう、墓の下は誰がいるのか、って話だったわね、どう思う。私何度も考えてみたけどやっぱりあの土の中に誰かがいる気にはなれないの、ねぇ、誰もいないんじゃないかしら、記憶媒体としての物質が、それはここにいたはずの誰かと今でもこの世界に生きてる誰かを現実の時間軸で確かに繋いでいた、目に見えて、手に触れることが出来るものだけが、冷たく静かに埋まってるだけなのよ、多分。それは確かに記憶を繋いでくれるけど、その誰かではないわ。私たち、土の中に新たな見ることの出来ない誰かを無意識のうちに生み出してるのよ。でも、別にそれは構わないと思うの、だってさみしいじゃあない、人間には耐えられないわ、私あなたがいなくなってもさみしいともなんとも思わないけど。このくだらない世界で生きてくために新たな誰かを誕生させるのよ、あ、わかった、だから大事だった人が死んだ次の雨はあまい香りがするんだわ。きっとそうだわ。

 

え、じゃあ、本物はどこいったのかって。さぁ、私もそれはわからなかったわ、でも、愛しい人の骨を舐める時とか、明日もわからないような日に見る夢とか、そんな時には確かに本物がいるような気がする。非実態で非実在だけど、確かに私と目が合う瞬間があるの、え、そう、まだ出会ってはいないけどね。でも確信してるの、不思議でしょう。

 

じゃあ、あなたが本物はどこに行ったか教えてよ、そう、覚えていたら。私にだけわかるサインをちょうだい、こっそり右耳を引っ張って、そしたらあなただって気づくから。

あら、そろそろいくのね、これまでの長い話聞いてくれてありがとう、偶然にも、明日は雨ね、それじゃ、さよなら。

スパナで世界をこじあけて

たすけてたすけてたすけて、頭が痛いしびれるようだめまいがするここは宇宙、目と鼻の先で星がはじけたとこ、ピカピカのキラキラは砂となって光となってわたしの顔に降り注ぐ、世界は反転してぐるりと回って混ざりあって全てが等しくなる無になる、まぁぶる色した君の顔がゆがむゆがむザザ、とノイズが走る、あ、消えた、消えちゃったもう何にもないよ、みんなおんなじだ、淘汰された!よかったぁ、おやすみ

具合の悪い時に見る夢はいつも同じ、砂がサラサラと流れてゆく白い白い砂だ、サラサラいつまでも流れてどこかに消えてゆく、平衡神経を欠いた世界みたいでゆらりぐらりとわたしは揺れる、上に登ってゆくようなそれとも下に落ちてゆくような、流れてるのは砂なんかじゃなくてわたしわたしのことでしたか、ぐらり

400字詰め原稿用紙の白い孤独は誰のもの、計り知れないさみしさがどこまでもどこまでも続いてく、罫線と罫線の隙間をぬって不安が駆け上がる、ねぇこのまんまでいいのだめですそれはそれはいけません、永遠に今を持て余してるきっとこの先も、ゆがむゆがむ薄茶の罫線がゆがんで記憶を捏造する、あれ、わたしそんなこと言いましたっけ記憶にございません


今が大嫌いで過去が大好きで、未来はよくわからなくてここじゃないどこかに行きたいの、助けてほしいとよく声を押し殺して泣いてるけど一体ほんとは誰に何から救って欲しいかすら分かっていないの、すべてが曖昧で混沌としていてぼやけてぼやけて光の量が多くなって飲み込まれるようにして消えていってしまうんだって心のどこかでは信じてる、君もわたしも宇宙の塵だ、メガネをかけたら全てが元通りになったような気分、世界が冷たいガラスでコーティングされた、上書き上書き上書き保存、名前を付けて保存、忘れられたファイル、jpgでは読み込めません、Now LoadingNow Loading、熱を持った機械、生きてる、生きてるの?尊き生命の誕生おめでとう、やめて嘘吐き、輪郭が歪んでるじゃあない、みんな本物じゃないよこれ、さよなら、さよならユートピア、理想郷なんて追い求めたって意味無いって教えてくれた君に溢れんばかりの祝福と憎しみを、幻想を殺したのは君のその大きな暖かい手だ

さよなら、僕の永遠

『ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね』


失ったものよりも得られるものの方が大きい、って話はよく聞くけど、そんな都合良く感情に整理がつくわけない。
引っ越すんなら荷物は捨てなきゃならないし、進化を遂げたら昔の殻は脱ぎ捨てる、先に進むなら取捨選択をすべきだ、それは自明の理だけど、それが出来ないからぼくらは、溢れんばかりの大事なものを抱き抱えて、ここでうずくまっている。一歩一歩進むたびに、その手から大事なものがすり抜けて壊れてしまうから、前進も後退も、昨日も今日も明日も全部遠ざけて、ここで立ち止まってる。


ありきたりだけど、16歳になったら何でもできると思ってた。憧れてたアニメの主人公も、かっこいいと思った漫画の脇役も、大好きだったネットアイドルもみんな16歳だった。
彼女達が私に魅せた永遠は一瞬で、とても儚いものだった。だからこそ、美しかった。
彼女達は私とは遠く隔たれた空間にいつまでも生き続けている、今も死なない。私が死んだら、ようやく彼女達は私の妄執から開放されるだろう。
小さい頃は彼女達の歳に近づくのが単純に嬉しかった、少しだけ、彼女達になれた気がして。私も永遠へと近づけると思っていた。
今はそれが恐ろしい、だって私は永遠に16歳ではいられないから。
永遠は足早に去ってゆく。

恥ずかしい話、16歳でなくなるのが怖くて、17歳になるのが怖いってだけのこと、そのサイクルを受け入れてしまったら、私の時間は一気に加速するんだ、きっと。気づいたら、20歳になっていて、気づいたらおばさんになっていて、気づいたら死んでゆくんだ。それはとても恐ろしい。だから、私は、それに抗わなくてはならない、最後の最後まで、抵抗を続けなくてはならない、さもなくば、それをやめた途端に、きっと、これまでの時間の渦に飲み込まれてしまうから。


ねぇ、覚えてる、小学校の時は時間が経つのがひどくゆっくりだったね、緩慢としたぬるい時空にいたんだ、ふと、気づいたら窓の外が桜から緑に移り変わってたんだ、あの時の恐怖は忘れられない、私は初めて、季節を見逃した。
そう、放課後の教室が徐々に赤く染まっていく時間、覚えてる、一番前だった、気になる人の席からゆっくりと染まって、教室すべてが真っ赤になる瞬間。
あれらの体感速度はもう帰ってこない、私が12歳になる時にすべて葬り去られてしまった。


冷えたコンクリートを見つめ、遠くの幻影をつかめなかったそれからの私に、私は告げなければならない。

私は今の速度を、毎日を、愛さなければならない、過去ばかりを見つめて目の前にあるものを抱きしめてすらやれないのはひどく愚かだと、そろそろ気づくべきだ。

 

あの子に宛てたメールの一部

18歳になっちゃったら、パチンコ屋にも入れるし(行かないけど)ゲーセンも最後までいられるし(いないけど)なんだかんだで、今までより、私たちが望んでなくとも、急に大人になってしまう気がしてる、と、いうか、大人にさせられる、ような気もする。
だから、17歳はこれまでの最終防衛線だし、モラトリアムの終焉もきっと、近い。最後だからって無理に気張る必要は無いけど、(別に人生が最後って訳じゃあないし、私が勝手に言ってるだけだし)今までよりもずっと踏み出す毎日の確かさを大事にしていきたい、駆け抜ける日々に少しだけ目を止めて、今を再認識したい、そんなふうに思ってる。

 

17歳は最強の歳。
私は永遠の側を最速で駆け抜ける。