キミの隣で、モラトリアム

虚実ないまぜインターネットの墓標

春の病に治療は必要ですか

生きるのは義務ではないが、今までの自分を全て否定してしまうのは罪であり、冒涜だ。
なんて適当にでっち上げてみた。
なんで、死んじゃいけないの、
って屋上が好きなあの子に聞かれた時の答えを探している。きっとこれじゃあの子は納得出来ないね。まだ、届かない。
罪、って言ったらどれも裁かれて、赦されそうな気がしてる。僕のちっぽけな理想論。
前にネット記事で「大森靖子、春を殺しすぎ問題」なんてのがあって、それな、って思ったけれど、よく考えてごらんよ、春は魔物だ。
みんな、様々な思惑を抱えて、春に殺されそうになっているからこそ、殺られる前に殺れ、春を殺すんだ。出会いも別れも繰り返すでしょ、生き物の、命が一斉に芽吹き始めるあの生暖かい空気の中で。むせ返るような桜吹雪の中で。あの短い、知らぬ間にやって来て、気づいたら消えるような朧気な、だけど確かにそこにある時間。
奇妙な時間だとは思わない?ぐにゃり、と時空が歪むような、春は、違和の連続だ。
そう感じるよ。ほら、言うじゃない、桜の樹の下には死体が埋まってる、とか、桜の樹には鬼が棲むとか。どこか普通ではないんだよ、みんな薄々気づいてる。
敏い人は、だから、春を憎むんだ。春を殺すんだ。惹かれてはならないから。どんなに美しく魅惑的であろうともそれは春だ。いつまでもそこにはいられない。季節は次々と死んでゆく、のでしょ?邦楽バンドで聴いたよ、僕らはいずれ別れを告げなくてはならないんだ。
だからこそ、僕ら自身が春を殺さなくては。
美しいものは永遠にはそばにいないし、決別の苦さだって生き延びるためには必要不可欠なのだろう、という話。
とは言っても今年はまだ桜を心ゆくまで見ていないのでまだ春は殺さないでいよう?桜もまだ3分咲だそうだし。たとえ君との別れがどれほど辛いものだったとしても、花びらを口直しに舐めるくらいのことはできるでしょ。
今日は雷がなっていた。小学校の前の早く咲いた桜は散ってしまうのだろうな、別離別離。雷でカーテンが紫色に染まったのを見て、美しいと思った。雷は舐めたらきっと甘い味がする、なんて気がした。大きな音がしばらくして轟いたので、きっとどっかずっと遠くに落ちたのでしょう。僕の知らないどこか遠い街で。
もう一個、桜と言えば、漢詩の勧酒が好きなのです。

勘 君 金 屈 巵  君に勘める金屈巵
満 酌 不 須 辞  満酌辞するを須いず
花 發 多 風 雨  花發けば風雨多く
人 生 足 別 離  人生別離足し 

これこれ。
好きで漢文の教科書に載っていたこれを古典の時間中ずっと眺めていた事もあったね。目一杯春に狂わされている感じ、ある。所詮人間生かされてるのでしょう。
僕は笑顔で君を送り出せないようです、ごめんね。まだ別離の時じゃない、って心のどこかで必死に願っている。そうであってくれ。
ちなみに井伏鱒二が素敵に訳してます。こっちは有名だし、この言葉の使い方好き。

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
「さよなら」だけが人生だ

花に嵐って言うセンスが好き。
前も見えないほどの桜吹雪を思い浮かべる。もう、きっと誰も見えないよ。まぶたの裏に映るのは君だけだ。
して、さよならだけが人生だと言うのなら、出会いの春は幻なのでしょうか。
とか思っていたら、寺山修司も同じような事を思ったらしいのです。

さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう
はるかなはるかな地の果てに 咲いている野の百合何だろう
さよならだけが人生ならば めぐり会う日は何だろう
やさしいやさしい夕焼けと ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば 建てた我が家は何だろう
さみしいさみしい平原に ともす明かりは何だろう
さよならだけが 人生ならば
人生なんか いりません

さすが寺山修司田園に死すを見たのですが、あの独特な映像にハマりました。途中の見世物小屋のシーンの不気味さ、人ではないものが紛れ込んでいるような感じ、あの子が見世物小屋は苦手だって言ってた理由が分かる気がする。彼女、こんな目で世界を見ていたのかな。
しかもあれを今から何十年も前に思いついてやってのけたのが凄い。めっちゃ怖いけどね。恐山の夕焼けが目に痛いほどの赤さだった。あぁ、閉ざされた場所なのだ、とあらためて思った。だから山は少し苦手なんだ。嫌いじゃあ、ないけど。独特の囲われた雰囲気があるから。
僕としては、人生までは捨てられないけれど。
どんなに恥を晒しても生きていくほうが価値があると思い込んでいるたちだから。自分の生きざまほど、素晴らしいほどに無様で面白く、輝いて、ドラマチックなものは無い。誰も代替できないよ。オンリーワンなんてチープな言葉で言う気はさらさらないけど、それでも、80年間をさよならだけの毎日として過ごしても、満足だったと目を閉じて緩やかに笑って死ねるだけのものはどこかに必ずあるでしょう。

笑って死ぬ為に生きてんだ、僕ら。