キミの隣で、モラトリアム

虚実ないまぜインターネットの墓標

おはよう、むこうとこちら

適当な電車に乗って、始発駅から終点まで揺られる遊びをしていた。

始発であるその駅は、典型的なニュータウンで、比較的新しめの四角いマンションや、ビルや、おしゃれなショッピングモールが乱立している所だった。そのくせ、少し遠くを眺めると鬱蒼とした緑があって、そのちぐはぐさに奇妙な安らぎと、目新しさを覚えた。
別に故郷でもなんでも無いのだけれど、この歪さが好きだ、と思った。
都心から少し離れたその駅は、なかなか電車が来なかった。無駄に広く、長いホームでここを毎朝通る人々の生活を想像していた。毎朝、毎日、同じようにこの駅を使い、それぞれの目的地へ向かい、また、疲れた体を電車に乗せて、この駅へ帰ってくる人々のことを。
少し乾いた風の匂いは、甘い、緑の匂いがしたような気がした。
そうしている間に、電車がホームに静かにやってきた。短い車両編成であるので、ホームの端には止まらない、と言われ、慌てて移動する自分が少しおかしかった。同時にこの町の者では無い、と知れたようで気恥ずかしくもあった。
電車に乗り込むと、しばらくの停車時間を経て、ゆっくりと走り出した。一番先頭の車両の端の席に座り、ぼんやり、流れる車窓を眺めていた。
大きなショッピングセンターや、それに併設された、駐車場、ニュータウン最盛期に建てられたものであろう、少し古びた、集合住宅の数々。少し傾いた陽がそれらを照らしていて、やけに、綺麗に見えた。誰かが、時代遅れだ、と笑う、しかし心地の良い、柔らかな日常がそこにはあるような気がした。得体の知れない郷愁が胸を締め付けた。
帰れない、なんて言葉がふと頭をよぎる。帰る場所は、あるはずなのに。それでも、確かに、自分が一瞬、夕日に垣間見たその風景に、その日常には帰れないのだと。
そう思うと、無性に悲しくなった。
ぽつり、ぽつり、と吊革につかまる人が増えてきた。存外この電車は混雑するらしい。親子の小さな話し声、恋人達の密かな合図、部活帰りの少女達の笑顔、全てがさざめきとなって、車内に緩やかに広がってゆく。不思議と心地よかった。
しかし、それに比例して、窓の景色は遠くなっていった。人に塗りつぶされ、ただでさえ小さな車窓はさらに小さくなり、そして、消えていった。もう私の眼には知らない人の背中とカバンしか映っていなかった。寂しくもあったが、それはそれで良いのだ、とぼんやり思っていた。
大きな、他線との乗り換えが出来るターミナル駅に電車は近づいた。扉が開くと、さすがに多くの人が降りてゆく。中には、家族連れもおり、あぁ、今日、彼らはみんなで遠くへ出掛け、1日を過ごしてきたのだ、と思うと愛おしさとさみしさがこみ上げてきた。
人の空いた車内でまた、窓ガラスを見つめると、こちらをのぞき込む私の顔があった。
ひどい顔、とひとりごちてそれに重なる知らない町を見つめていた。
その町は川沿いの町で、昔はよく、家族で訪れていたところであった。天気のいい日には、青空が水面に反射して眩しかったのを覚えている。あの時の郷愁を抱えて陸橋の下の川面をのぞき込むと、夕日が反射して、綺麗だった。あの時の風景は見えなかったけれど、存外夕日も美しいのだと思えた。
もうすぐ終点の駅に着くのだろう、アナウンスが到着を告げる。私の知らないどこかで何かがあったようで、2.3分の遅れを謝っていた。時間に生かされているのかもしれない、急に現実に引き戻され、寂しくなる。
電車を降り、駅を出ると、これまでの淡い景色が重たいビルの灰色と、派手な蛍光灯と、街頭を照らす信号に塗り替えられた。ぼんやりとした頭でそれらを見渡すと、今までの景色とのコントラストで眩しかった。
小さく息を吸い込み、ゆっくりと歩を進める、
 
ここは私の知らない街。
 
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