ifと羨望と空想対話
「君は昔の私に似ている」
彼女は懐かしそうにわたしを見て言った。
「大丈夫です、わたし、Oさんみたいに聡明では無いですから」
「でも大体の事は分かってるんでしょ」
「分かっている、ふりをしているだけです。内心ひやひやしてるんですよ、いつバレるか」
「分かっているふりをしている事は分かっているんでしょ、充分じゃない」
「それも限られた知識の中から掬い出して名前を付けてるような事です、きっと。子供のおままごとみたいなものです」
「そういう所が似ている」
彼女は悲しそうにわたしを見て言った。
「君には深夜にキッチンの薄明かりの下でタバコを吸いながら、アイスを一口食べて、こんなはずじゃなかった、と泣く大人にはなって欲しく無いんだよ」
「…一応頑張ってはみますけど、成るべくようにしか成らないので確約は出来かねます」
「本当に良く似ているね。君もしかして過去から来た私なの?運命じみた事言って責任を背負おうとしない」
「Oさんがそう思うのならきっとそうなんじゃないですか。皆、結構誤魔化されてくれるし、楽なんですよ。一番騙されてるのはわたしでしょうね」
「君も私も悲しい生き方を選んでしまったね」
「選ばされた、ではなく、選んでしまった、のが何とも皮肉ですよね。どこかで何度か分岐点はあったはずなのに、意図的にこちらを選んでしまった」
「…これは、私が言うべきセリフでは無いだろうけど、君はまだ分岐点を見つけることが出来るはずだよ」
「それは、Oさんだって同じじゃないですか」
「私はもし見つけたとしても、もう戻れない、分岐点に飛び込む力が無い。これは言い訳でも何でもなくて、君と私の"若さ"という違いだけだよ」
「一つ誤解されてると思うんですが、わたしはOさんが思っているよりも運命論者なんです」
「それは、もうどうにもならないという事?」
「いや、"若さ"が運命に含まれるのならいつかまたどこかで会う時には違う生き方をしているだろう、という事です。それはわたしもOさんも」
「私は君のような"若さ"は持っていないって言ったよね」
「だから誤解だと言ったんです。"若さ"も運命であるとするならば、完全に手にしていない、なんてことは有り得ないはずです」
「じゃあ、そう言い切れる強さは"若さ"ではなくて君自身の強さという事かな」
「そういう事になるんでしょうかね」
「そういう所が大好きだよ」
彼女は愛おしそうにわたしを見て言った。
「これは老婆心だけれど、君のその美しい両翼が他者の悪意によって、または善意によって、もがれない事を祈るよ」
「自らの手ならいいんですか」
「思うんだけど、君は相当自尊心が高いでしょ。自分で自分の最も大事な矜持を貶めようとはしないはずだよ。例え他の何を捨てようともその翼だけは失おうとしない。ただ、だからこそ他者からも守って欲しい。必死で足掻くのはみっともないかも知れないけど、投げやりになるのは決して美徳なんかではないから」
「良く分かっていらっしゃいますね」
「分かっているふり、をしてるだけだよ、君と同じ。 じゃ、私そろそろ行くね」
そう言って席を立ち、歩き出す彼女の背には純白の翼が輝いていて、本当に美しい人は自らの美しさなど知らないのだと、初めて見たあの頃から変わらない両翼を見つめ、そう思い知った。