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キミの隣で、モラトリアム

虚実ないまぜの月イチ更新

別離の季

ここ数日、北の町で寝起きをしていた。築50年の木造建築はやはり風を通すようで、どこか身体に染み込む冷たさがあった。あの町ではコートを着ないと外に出られない、もう春なのに。着いた日の午後、風花が舞った。以前より弱くなった握力で右腕に掴まりながらそう言われた。家に着く頃には庭をかき消すように降っていて、ああ、ここは寒い場所なのだと思い知った。

 

彼女はやはり日に日に衰えてゆくようだった。以前より会話は続かなくなり、ちょっとしたスラングも戸惑うようになった。よく分からない、という顔をした後、寂しそうに曖昧に笑って話が収束する。諦められるのが、何より自分の未熟さを見せつけられるようで悔しかったけれど、もう追従する体力も気力も少なくなっているのだ、と気付き余計にどうすることも出来ない憤りを感じて悲しかった。

昔の話を良くするようになった。小学校の嫌味な教師、境内の前で遊んだこと、兄弟のこと、繰り返し話した。体も自由が利かなくなり、痛むのだ、とこぼしていた。しょうがない、とは言いたくなかったけれど、しょうがないのだと思う。我々はこの種の呪いに打ち勝つことは出来ないし、永遠に抗い続けなくてはならない。それでもせめて私が晴れ着を着る次の次の冬まではこのままであって欲しい、と愚かにも思った。

 

新幹線の前の座席は葬式帰りであろう家族連れだった。黒い喪服に身を包み、やけに和気あいあいと話す様子にまだ見もしない終わりを想像して悲しくなった。私もいずれ彼らのように身を黒く染め、慣れない仕草を真似て、さめざめと泣き、炉から上がる煙を見てしみじみと思い、そうやって久々に会った人と談笑を重ねるのだろうと思うと、複雑だった。

 

ステージの向こうから、亡くなった人の日記を聞いた。丁寧につけられた日記は、その人とその周りの人々をつぶさに描いており、ここ数日の情景と奇遇にも重なった。舞台の上に立つ、白いワンピースの女性を見つめているつもりでも、そこには私と彼女しかいなかった。その人は青空が広がる静かな春の午後、亡くなったそうだ。我々はあとどのくらいで終わりを迎えなくてはならないのだろう。私はあとどのくらい彼女に出来ることがあるのだろう。こうしている間にも、いつ終わりが訪れるかと思うと、とても恐ろしかった。

 

偶然を装って優しい大人たちに会った。相変わらずとても優しくて嬉しくて、なんて言っていいか分からなかった。そのうちの1人がこの春、この街を去るという。告げられた終わりは唐突で、でもどこか予期していたような気分で、私と彼女もいずれこういう終わり方をするかもしれない、と思った。

靴紐が解けるように、風でカーテンがめくれるように、静かに緩やかに終わりが訪れる。いつか、彼女の家のカレンダーがめくられなくなる日も来るだろう。それまで、彼女がいつか私のことを忘れても幸せなように、私が彼女の今までを、私に語りかけてくれた言葉を、その声を忘れないように、愛していようと思った。